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Sligh'Hand

Author:Sligh'Hand

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Open Travelers
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ぐったりたぬぬ
特徴
公園内でマジシャンを目指す新米教師。桜の下で「たぬき寝入り」するのがマイブーム。

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時間の経つのの早いこと

 ども、ぐったりたぬぬです。 先週末、ちょっとすごいことがありました。 なんとなんと、
お花見公園に 3 人も住人さんが集まりました。
(スラ←含む。

 別に大したことない、と思ったアナタ! お花見公園の過疎化具合を甘く見ちゃぁいけませんb 一時は毎晩開催されていた夜桜見物のんびりトークも、ここ数年はたぬき寝入りが 1 つ転がっているだけという状況。 お花見公園の住人さんは、今となってはすでに絶滅危惧種のレッドデータアニマルなのです。 これはある意味、ぐったり CH に 6 人のぐったりさんが集まることよりもレアなことなんですよb

珍しく住人さんが集まったらしい

べっ、べつに感動したわけじゃないんだからっ!
そういえば以前はこんなのが日常だったなー (遠い目、なーんて、ちょっと思っただけなのですb





 というネタで記事を書こうとして、というか、↑の部分だけ書いて、結局 Up できずに早くも 1 週間が経過しようとしています。 いやぁ、時が流れるのは早いですねぇ。 睡眠時間を削って、かつ外光の差し込まない環境にとどまっていると、体内時計も見事に狂っちゃうようで、今週は 3 日間くらいしかなかったような気がします。 もちろん、目の錯覚なんでしょうけど。

 1 週間と言えば、先程、ぐったり CH へ遊びに来てくれていたしゅーさくさんとこのきつねーさんと話している中で、曜日の順序の話題になりました。 曰く、「日月火水木金土はどーしてこの順番なのか」 と。 なかなか興味深い話題ですよね。 面白そうだったので、本棚やたからばこの奥から何かいろいろ引っ張り出してみました。

1 時間目: 日本史

 今日における曜日の概念が日本に導入されたのは 9 世紀の平安時代と言われています。 806 年に空海らが持ち帰った密教の経典 (「宿曜経」というらしい) によって、時の中国王朝、唐から七曜 (七曜星) をもとにした形で伝わった、というわけです。 ここでいう七曜とは、太陽と月、そして、水星、金星、火星、木星、土星の肉眼で確認できる 5 惑星の総称を指します。 つまるところ、現行の 7 日で 1 週間という形式 (日月火水木金土のループ構造) は、平安時代には出来上がっていたわけですねb

 ちなみに、このとき導入された曜日の概念は七曜だけでなく、六曜なんてものもありました。 六曜ってのは、先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口とかっていうアレですね。 日めくりなんかには載っていたりもしますけど、ちょっとおしゃれなカレンダーにはなかなか載っていないアレです。 今でこそ、七曜がメインで六曜を気にするのは冠婚葬祭くらいな状況になっていますけど、むしろ江戸時代辺りではごく一部を除いて七曜は使われず、日常生活では六曜がメインだったそうです。

 ま、いずれにしても、曜日の概念 (日月火水木金土のループ構造) ってのは、完成した形で日本に伝来してきたわけです。 ここまでが日本史の時間……だったと思う。 日本史だからってわけじゃなぁいですけど、1 時間目ってどーしても眠くなっちゃいますよね。

2 時間目: 地学

 太陽系に惑星はいくつあるでしょうか? 2006 年の IAU 総会 @ プラハにおいて、惑星についての定義が採択され、太陽系の惑星は 8 個になりました。 冥王星が惑星じゃなくなる、っていうあの事件 (?) ですね。 当時は他に話題がなかったのか、あるいはスラ←がそういう業界にいたからなのか、予想以上の盛り上がりとなっていたような記憶です (遠い目。

 ところで、惑星リストから外されてしまったこの冥王星、実は太陽系の天体でありながらも、地球上から肉眼で観察することができないってことはご存知でしょうか? 実は冥王星だけでなく、天王星、海王星も、地球上から肉眼で見ることができない天体。 そう、地球上において肉眼で観察することのできる太陽系の天体と言うのは、月、金星、火星、水星、太陽、木星、土星の 7 天体だけなのです。

 さて、ここで問題。 さらりと↑に 7 天体を並べましたが、この順序、何に基づいて並べたかわかるでしょうか?

 実はこれ、地球との平均距離が近い順に並べたものなのです。 って書くとあんまり正確じゃないですね。 より丁寧に言うなら 「該当する天体と太陽との平均距離が、地球と太陽との平均距離に近い順」 に並べたものです。 地球と太陽の平均距離は 「1 天文単位」 と呼ばれているので、さらに言い換えるなら、「太陽との平均距離が 1 天文単位に近い順」に並べたもの、とも言えます。 ただ、いちいち長い文章で距離を記述するのもめんd(ryなので、ここでは「地球との平均距離は (該当する天体と太陽との平均距離 - 地球と太陽との平均距離) の絶対値」 と定義します。

 ではここでちょっと具体的な数値を見てみます。 1 天文単位をざっくりと 150,000,000 km として、太陽系の主要な天体を一覧に表してみると、↓のようになります。

太陽系の主要な天体
天体名赤道直径
[103 km]
地球との平均距離天体の
種類
[天文単位][106 km]
3.50.00250.38衛星
金星120.2842地球型・内惑星
火星6.80.5278地球型・外惑星
水星4.90.6492地球型・内惑星
太陽14001150恒星
木星1404.2630木星型・外惑星
土星1208.51300木星型・外惑星
天王星51182700木星型・外惑星
冥王星 @ 近日点2.3294300準惑星
海王星50294300木星型・外惑星
冥王星 @ 遠日点2.3485800準惑星

 天王星以下の天体のデータを見てみると、地球との平均距離が途方もなく大きい一方、赤道直径はかなり小さいですよね。 天・海・冥が肉眼で視認できないのはこんな理由から。 遠くの大きいものはなんとか見える。 小さいものも近くにあればなんとか見える。 んでも、小さいものが遠くにあったんじゃぁどーにもなりませんよb と。

 実際には、惑星や準惑星には冥王星のような遠日点や近日点があったり、地球から見て太陽の手前側を回っていたり、太陽の裏側の軌道を回っていたりするで、その時々で実際の距離関係はガラッと変わっちゃったりします。 ただ、そういった事情を考慮しても、天王星より外側の惑星/準惑星ってのは遠すぎて小さすぎるので肉眼では見えないですよ、と。 そんな話題でぐったりと流れた地学の時間でした。

休み時間

 完全に余談ですけど、2006 年と言えばスラ←がこのブログを始めた年なんですよb 当時はお花見公園の盛り上がりもすごかったのです。 それはもう、天変地異が起こるくらい (遠い目。

はっ! Σ( ̄□ ̄ ;

 もしかして、冥王星が惑星じゃなくなったのって、お花見公園由来の天変地異? もしかして、冥王星さんもぐったり CH 被害者の会 CH の会員さんとか!? って、天体に対する見方が変わっただけで天体そのものが変わったわけじゃぁないですし、お花見公園由来の天変地異なんて認めないのです。

3 時間目: 世界史

 かつて、世界には 4 つの文明がありました。 メソポタミア、エジプト、インダス、黄河のいわゆる 4 大文明です (アメリカ大陸にも文明はあったんですけど、ここでは省略)。 これらの文明を特徴づけるものの一つに、大河を利用した大規模な農業があります。 一見、曜日とは関係なさそうな農業ですけど、実は切っても切れない関係にあったりするのかも知れません。

 農業を行う場合、時間管理が重要になってきます。 雪解けの時期や雨季がいつ来るのかわからなかったり、せっかく育てた作物を収穫する前に冬が来てしまったりしてはモチベーションも上がりません。 それこそ、狩猟採取の生活に戻らざるを得ず、大文明と呼ばれるような規模に成長することはできなくなってしまいます。 そこで重要になってくるのが暦 (こよみ) の作成なのです。

 古代の人々は、(太陽や月も含めた) 星の動きを観察して暦を作っていました。 全天でもっとも顕著に表れる周期的天文現象が日の出日の入りでしょう。 もっとも単純な暦の単位 「1 日」 は文字通り 「日」 すなわち太陽の周期的な運行に基づいています。 太陽と並んで顕著な周期性を示す天文現象に月の満ち欠けがあります。 新月→上弦→満月→下弦→新月という変化を約 27.3 日周期で繰り返す月は、複数の 「日」 をまとめるのに適当な指標となります。

 文明の黎明期には、この月の満ち欠けをもとに作られた太陰暦 (純粋太陰暦) が利用されていたことが分かっています。 太陽の動きから 「1 日」 が作られ、およそ 27 日周期で満ち欠けを繰り返す月を見て 「1 ヶ月」 なるものが作られた、なるほど、読んで字のごとくとはまさにこのことですねb

 ところが、太陰暦に沿って 1 ヶ月を 27 日として月を重ねていくと、どーしても季節の周期からずれてきてしまいます。 現代に生きる人たちはそれをよく知っているとおもいますけど、地球の自転周期から求められる 1 年の長さ (太陽の年回帰運動の周期、すなわち、春分→夏至→秋分→冬至→春分という太陽の 1 年周期の運動が見られる長さ) は 365.25 日。 これは 27.3 の倍数ではないので、純粋な太陰暦に従って何年か暮らすと、徐々に月と季節がずれてくるという事が起っちゃいます。

 歴史上、月の満ち欠けとと太陽の年回帰運動の関係を暦法に組み入れたのは、メソポタミアのシュメール人 (いや、アムル人だっけ) だったと言われています。 紀元前 2000 年頃のメソポタミア文明 (古代バビロニア)では、この問題の対策として、太陰暦に閏月を組み込み、季節のずれをなくした太陽太陰暦を用いていました。暦法では、定期的に (具体的には 19 年に 7 回、つまり約 3 年に 1 回) 閏月を挿入することで太陰暦は実際の季節とのずれをリセットしていたわけです。

 太陽太陰暦に代表されるように、メソポタミア文明の人々は天体の運行について深い造詣を持っていたようです。 それが端的に表れているのが、他の天体との距離について考察している点です。 歴史的に、太陽太陰暦が成立する以前から、肉眼で観察できる太陽系の 7 天体が他の星たちと異なる運行をすることが知られており、これらは特別な意味を持つ星であると考えられてきました。 しかし、当時の他の文明における星とはドーム状の天に張り付いた何かであったり、ドームに空いた窓であったりといったものと考えられていた様です。 すなわち、それぞれの星と自分たち (つまり地球) との距離が異なるという考え方自体、他の文明では存在しなかったと言えます。 しかし、メソポタミアの人々は少なくとも件の 7 天体については自分たちからある距離だけ離れたところに存在する何かという認識を持っていたようです。

 土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月。 メソポタミアの人々の考えに基づいて、7 天体を地球から遠い順に並べると↑のようになります。 メソポタミアの人々が、これらの天体のことを地球のまわりを回る惑星のようなものだと考えていたのか、あるいは別の何かだと考えていたのかは、よく判っていないみたいです。 地学の時間に見た地球との平均距離とは必ずしも一致しないですけど、地球と 7 天体の実際の距離関係は時々刻々変化することを考えれば、この配列はなかなか良い線突いているようにも見えます。 並びをみると、内惑星と外惑星が区別されているようですし)。

 彼らは時間についても卓越したセンスを持っていたようで、 今の時間システムの起源はメソポタミアに始まると言っても過言ではないでしょう。 具体的には、現在同様 1 日を 24 時間に分割したり、60 進法をつかっていたことも知られています。 そして、先の天体の配列はここにも使われていたと言われています。 すなわち、もっとも遠い土星を起点として 1 時間ごとに土星の神が支配する時間→木星の神の神が支配する時間→火星の(ry→……という 24 時間を考えていた、と言われているのです。

 また彼らはこのとき、各日の最初の時間を支配する神がその日を支配すると考えていたようです。 最初の日は 「土星の神が支配する時間」 から始まります。 そして 24 時間経過した次の日は 「太陽の神が支配する時間」 から始まることになります。 こうすると、各日の最初の時間は土星、木星、太陽、金星、水星、月の配列を中 2 つおきに進んでいく形となります。 すなわち、各日を土→日→月→火→水→木→金→土→…あれ? これって今の 1 週間と同じ流れじゃぁ……。

 これを指摘したのが、ギリシャの歴史家カシウス。 彼は、メソポタミアの人々がこうやって暦を作っていたよb という記述をしたんですが、これが今日の 「1 週間」 の並びの起源であると考えられています。 メソポタミアの地はその後ヒッタイト、アッシリア、ペルシアという帝国を生み図版を広げる中で、その文化もより広範なものとなっていくわけですが、その文化がインドの密教に伝わり、中国の陰陽五行説による解釈を経て日本に宿曜経という形で日本に伝来したそんな風に考えることができそうです。 どうでしょう? 世界史って面白くないですか?

 ぅぁ、なんでしょう、世界史だけこのボリューム。 いくら雑談好きな先生でも 1 時間でこれだけ喋られたら、みんなドン引きしちゃうでしょう……。 この後、4時間目の倫理について書こうと思ったんですけど、世界史が長くなりすぎたのでまた今度。 それなりに長く書いたから、今日のところは大目に見てくださいませ(逃。

たぬぬのねごと | 23:24:46 | Trackback(0) | Comments(0)
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