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Sligh'Hand

Author:Sligh'Hand

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Open Travelers
称号
ぐったりたぬぬ
特徴
公園内でマジシャンを目指す新米教師。桜の下で「たぬき寝入り」するのがマイブーム。

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日記詐欺?

 こんばんにゃ。 ぐったりたぬぬです。

 日記と題して日々更新しないのは詐欺だって言われちゃいました。
なんという詐欺師
毎日更新できない日記は詐欺だったのかー。





 いやいや、そんなことで詐欺師とか言われちゃうのも、ちょっとばかり心外です。 そもそも日記って、何が何でも毎日書かないといけないものなんでしょーか。

 困った時の Wikipedia には、日記についてこんな定義が描かれています。
日記(にっき)とは、日々の出来事を、ある程度連続的に紙などに記録したものである。
ある程度……。 なんともびみょんな表現ですね。 ここはひとつ、実例から追ってみましょう。

 まずはネカマ歌人として有名な紀貫之が記した 「土佐日記」。 有名な書き出しは
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
で、これを現代語訳すると
男の人が書くという日記というものを、女の私もしてみようと思って始めますの。

だが男だ。

 では、この土佐日記、いったいどれくらいの頻度で書かれてるのか見てみませう。 以下、土佐日記からの抜粋です。

前略)しはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。(以下略

廿二日、和泉の國までとたひらかにねがひたつ。(以下略

廿三日、八木の康教といふ人あり。(以下略

廿四日、講師馬の餞しに出でませり。(以下略

廿五日、守のたちより呼びに文もて來れり。(以下略

廿六日、なほ守のたちにてあるじしのゝしりてをのこらまでに物かづけたり。(以下略

廿七日、大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。(以下略

廿八日、浦戸より漕ぎ出でゝ大湊をおふ。(以下略

廿九日、大湊にとまれり。(以下略

元日、なほ同じとまりなり。(以下略

二日、なほ大湊にとまれり。(以下略

三日、同じ所なり。(以下略

四日、風吹けばえ出でたゝず。昌連酒よき物たてまつれり。(以下略

五日、風浪やまねば猶同じ所にあり。(以下略

六日、きのふのごとし。

七日になりぬ。同じ湊にあり。(以下略

八日、さはる事ありて猶同じ所なり。(以下略

九日、つとめて大湊より那波の泊をおはむとて漕ぎ出でにけり。(以下略

十日、けふはこの那波の泊にとまりぬ。

十一日、曉に船を出して室津をおふ。(以下略

以下全略

 やばいほとんど毎日書いてる Σ( ̄□ ̄;
一日あたりの平均記述量は短いものの、きっちり毎日書かれています。 中には 「昨日と一緒」 とだけ書かれたぐだぐだな日もありますが(笑、この後も、2 月 16 日までほぼ毎日書かれています。 恐るべしネカマ紀貫之。 そしてしたり顔の■んべえさんが目に浮かびます。 ぐぬぬ。

 このままでは完敗な気がするので、ほかの例も見てみましょう。

 土佐日記とならぶ日本の古典日記文学に、「蜻蛉日記」があります。 作者は藤原道綱の母。 ネカマではない女流歌人です。

 では、気になるその内容を見てみましょう。 以下、蜻蛉日記からの抜粋。 赤の太字は、スラ←による強調部分です。

 かくて十月になりぬ。 こゝにものいみなるほどを心もとなげにいひつつ なげきつゝかへすころもの露けきにいとどそらさへしぐれそふらん かへしいとふるめきたり おもひあらばひなまし物をいかでかはかへすころものたれもぬるらん とあるほどにわがたのもしき人みちのくにへいでたちぬ。 ときはいとあはれなるほどなり、人はまだみなるといふべきほどにもあらず、みゆるごとにたゞさしぐめるにのみあり、いとこころぼそくかなしきことものに似ず。 みる人もいとあはれにわするまじきさまにのみかたらふめれど、人のこゝろはそれにしたがふべきかはとおもへばたゞひとへにかなしうこゝろぼそきことをのみおもふ。 いまはとてみないでたつ日になりてゆく人もせきあへぬまであり、とまる人はたまいていふかたなくかなしき に、ときたがひぬるといふまでもえいでやらず、又見なきすゞりにふみをおしまきてうちいれて又ほろ/\とうちなきていでぬ。 しばしはみむこゝろもなし。 みいではてぬるにためらひてなにごとぞとみれば きみをのみたのむたびなるこゝろにはゆくすゑとほくおもほゆるかな とぞある。 みるべき人みよとなめりとさへおもふにいみじうかなしうて、ありつるやうにおきてとばかりあるほどにものしためり。 めも見あはせずおもひいりてあれば「などかよのつねのことにこそあれいとかうしもあるはわれをたのまぬなめり」などもあへしらひ、すゞりなるふみをみつけて「あはれ」といひて門出のところに われをのみたのむといへばゆくすゑのまつのちぎりもきてこそはみめ となん。 かくて日のふるまゝに旅のそらをおもひやるだにいとあはれな るに人のこゝろもいとたのもしげにはみえずなんありける。

 師走になりぬ。 横川にものすることありてのぼりぬ。「人雪にふりこめられていとあはれにこひしきことおほくなん」とあるにつけて こほるらんよがはのみづにふるゆきもわがごときえてものはおもはじ などいひてそのとしはかなくくれぬ。

 正月ばかりに二三日みえぬほどにものへわたらんとて「人こばとらせよ」とてかきおきたる しられねばみをうぐひすのふりいでつゝなきてこそゆけのにも山にも かへりごとあり うぐひすのあだにでゆかんやまべにもなくこゑきかばたづぬばかりぞ などいふうちよりなほもあらぬことありて春夏なやみくらして八月つごもりにとかうものしつ。 そのほどのこゝろばへはしもねんごろなるやうなりけり。

 さて九月ばかりになりていでにたるほどにはこのあるを手まさぐりにあけてみれば人のもとにやらんとしけるふみあり。 あさましさにみてけりとだにしられんとおもひてかきつく うたがはしほかにわたせるふみみればここやとだえにならんとすらん などおもふほどに心えなう十月つごもりがたに (後略

 こういうのを待ってました!!
日記と称して毎日更新じゃない
です。
10 月から 11 月を飛ばして 12 月に入って、さらに翌年 1 月の次はなんと 8 月末まで飛んでいます。 しかも、各月の内容はというと、せいぜいトピックス程度。 そして見た目はまるで復活の呪文

だが日記だ。

 土佐日記みたく、きっちり毎日書かれた記録は間違いなく日記でしょうけど、蜻蛉日記みたく飛び飛びに書かれた記録も、現に日記と呼ばれています。 これだけ飛び飛びでも 「日記」 と呼ばれているくらいなので、せいぜい長くても 2 か月間が空いた程度の 「お花見公園 裏日記」 は、堂々と日記を名乗ってもいいんじゃないかと。

 スラ←としてはそんな風に考えていますが、いかがでしょうか、■んべえさん。

公園日記 | 01:56:09 | Trackback(0) | Comments(0)
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